2014年2月8日土曜日

関東大震災、新たな火種


「正しさ」とは何か:韓国社会の法意識/2 関東大震災、新たな火種

 「日本政府の関与は明らかだ。真相究明に遅過ぎることはない」

 先月24日、韓国南西部・済州島(チェジュド)。川沿いの住宅街にある一戸建ての自宅居間に、市民運動家の金鍾洙(キムジョンス)牧師(50)を招き入れた趙民星(チョミンソン)さん(61)が、穏やかな口調で話した。

 金牧師は、関東大震災(1923年)時に起きた朝鮮人虐殺の真相究明を求める運動をしている。震災直後「朝鮮人が暴動を起こす」などのデマが広がり、多数の朝鮮人が殺害された。犠牲者数を数千以上とする説もあるが、実態は不明だ。韓国メディアが3日前、趙さんのことを「遺族が見つかった」と報じたのを受け、済州島に飛んだ。

 金牧師は、80年代に民主化闘争の一翼を担った労働運動の活動家だった。2007年に虐殺のことを知り「抑圧された朝鮮人の被害を放っておけない」と考え、事件のことを韓国内で知らしめる運動を始めた。趙さんに会って「遺族と証明できる人は初めて。重みが違う」と声を弾ませた。

 趙さんは、父の故泰満(テマン)さんが65年に書いた記録を示した。震災時に亡くなった遠縁の一家を泰満さんが日本へ行って調べ、東京の亀戸署(当時)内で殺害されたことが分かったのだという。記録は公表されることなく、家に保管されてきた。

 「訴訟を起こさないのか」。同席した韓国人記者が尋ねた。「遺骨を見つけてきちんと葬ってあげたい」と話す趙さんだが、「訴訟までは考えていない」と答えると、記者が「真相究明の助けになるのでは」と畳み掛けた。金牧師は「訴訟は難しいが、遺族が提訴したいなら放っておけない」と含みを残す。

 韓国政府は昨年11月、虐殺の犠牲者290人の名簿が東京の韓国大使館倉庫で見つかったと発表した。日韓国交正常化交渉が続いていた50年代初めに作成された名簿は、事件への韓国メディアの関心を高めた。

 名簿発見の公表前、対日政策に関わる韓国外務省幹部は「関東大震災が新たな外交懸案になるかもしれない」と口にしていた。そして今、その懸念は韓国国会で現実のものとなりつつある。真相究明の努力を韓国政府に義務づける特別法制定が、議員立法で進められようとしているのだ。中心となっている野党・民主党の柳基洪(ユギホン)議員は「真相究明が進めば、当然、日本への謝罪や補償の要求も出てくるのではないか」と話す。

 駐日大使も務めた韓国の元外交官は「遺族が悔しいのは分かる。でも、さすがに昔の話で、今さら補償でもないだろう」と顔をしかめる。だが、柳議員は「こうした問題では与野党とも異論が出ない」と断言し、法案成立に自信を見せた。【済州島で澤田克己】=つづく

毎日 2014.2.8
http://mainichi.jp/shimen/news/20140207ddm007030144000c.html

関東大震災の時に虐殺されたという遠縁の一家に関する記録を金鍾洙牧師(左)に見せる趙民星さん=済州市の趙さん宅で