2014年2月27日木曜日

文春 金夫妻


フランスの漫画祭に「慰安婦漫画」を出展
 し、アメリカでは慰安婦像を建立した韓国。
’世界で猛烈な反日活動を繰り広げる韓国ロビ
 ーはいったい何者なのか? 韓国とアメリカ
 での取材で見えてきたのは、「日米の離間」
 「親北朝鮮」を教条とする過激派集団だった。


昨年七月、米国カリフォ
 ルニア州グレンデール市に
 「慰安婦像」が設置され
 た。ソウルの日本大使館前
 の路上に無許可で建てられ
 た慰安婦像と同一のもので
 ある。朴槿恵大統領が率先
 して「日本失墜運動」を展
 開する韓国にとって、慰安
 婦問題の国際問題化に成功
 した象徴的な事件だった。
  この事件以降、韓国はフ
 ランスーアングレーム国際
 漫画祭への「慰安婦漫画」
 展示、日本海を「東海」と
 呼称させる運動などを、全
 世界で加速させている。ユ
 ネスコの「世界記憶遺産」
 への登録を二〇一七年まで
 に目指して準備。また、今
 年中に「慰安婦記念日」を
 制定すると公表。記念日に
 は慰安婦に関する国際シン
 ポジウムや音楽会、演劇、
 美術展を開催するという。
  さらに、新たな慰安婦像
 設置の動きもある。
 「先日、グレンデール市に
 慰安婦像を設置した韓国口
 ビー・KAFCの会長がソ
 ウルを訪問し、新たに二体
」の慰安婦像を発注しまし
 た。次はどこに設置を企んでいるのか定かでありませ
んが、すでに候補地は決ま
っているでしょう」(大手
紙ロサンゼルス特派員)
 こうした運動を先導して
いるグループは、いったい
何者なのか? 小誌が調査
を進めるにつれ、彼らは危
険な政治思想を掲げ、公安
当局からもマークされる存
在であることが判明した。
 日韓関係に詳しい韓国人
ジャーナリストが解説する。
 「日本では知られていませ
んが、慰安婦像を制作した
のは、金ウンソン、ソギョン
の芸術家夫妻。実は金夫妻は親北朝鮮団体に関わり、
反米活動を数多く行ってき、
た極左活動家なの窄ご
 韓国でa二O庇ご年ヽ女
子中学生万八が在韓米軍の
装甲舉ご轢かれて死亡する
事故が発生。激しい反米運
動が沸き起こった。
 「このとき、先頭に立って
活動していたグループの一
員が金夫妻です。彼らが参
加した米軍基地のデモに
は、『米韓同盟を廃棄しよ
う』『米兵をいじめ続けて
追い出そう』などと大書さ
れたスローガンまで登場し
ました」(同前)

北朝鮮スパイが運動に浸透

金ウンソン氏は、北朝鮮
シンパの「民族美術家協
会」の事務長として○七年
に北朝鮮を訪問。反米団体
「平和と統一を導くサラム
ドゥル」の記念碑建設にも委員として携わっている。
 「バリバリの親北朝鮮・反
米活動家なのに、アメリカ
で『日本の大罪』『人権』
を訴える政治活動を展開す
るなんて、本来ならとんだ茶番なのです」(同前)
 朝鮮半島情勢に詳しい東
京基督教大学教授の西岡力
氏が解説する。
 「反米活動家が『米国の良
心』に訴えるなんて矛盾し
ていますが、それはまさに
彼らの戦術なのです。韓国
の北朝鮮シンパから見れ
ば、日米関係は悪くなった
ほうがいい。在日米軍基地
が北に対する強い抑止力に
なっているからです」
そんな彼らが始めたの
が、アメリカで慰安婦問題
を提起し、日米韓を離間さ
せる工作だ。
 「実際、彼らの狙いは奏功
し、日本では『慰安婦像の
設置を許可した米国もけし
からん』という風潮が生ま
れた。歴史問題で日米韓が
ギクシャクしていちばん喜
ぶのは、北朝鮮とその背後
にいる中国です」(同前)
 金夫妻と連携し、夫妻が制作した慰安婦像を活動に
用いているのは、韓国挺身
隊問題対策協議会(挺対協)
である。過激なデモを繰り
広げ、日本大使館前に慰安
婦像を建てたのも挺対協
だ。アメリカでの慰安婦活
動も、挺対協の主張に沿っ
て進められている。グレン
デール市議がソウルを訪れ
た際も、挺対協の拠点に足
を運んでいる。
 ところが挺対協は、北朝









鮮と密接な関係を維持し、
韓国公安当局の捜査対象に
もなっているのだ。
 「挺対協の尹美香代表の夫
 ・金三石と義理の妹は、一
九九三年にスパイ事件で逮
捕されています。容疑は、
日本で北朝鮮工作員と接触
したというものです」(前
出・韓国人ジャーナリスト)
 だがその後、親北朝鮮の
盧武鉉政権時代になると、
立場は逆転。金は「疑問死
真相究明委員会」調査官と
して抜擢され、国防長官、
軍司令官などを召喚した。
 「これにはさすがの朴槿恵
(当時は野党代表)も『スパ
イが国防長官を調査する国
は、世界中どこにもない』と
批判。すると金は名誉毀損で朴を訴えた。
さらに討論会で
『金正日将軍の
先軍政治のポイ
ントは、社会主
義を守る朝鮮と
米帝国主義の先鋭なる対決』などと三十分
にわたって露骨な北朝鮮賛
美の演説を打ちました。
 今月十七日、韓国の李石
基議員が北朝鮮に国家機密
を流して懲役十二年の判決
が下されましたが、李議員
も挺対協の後援パーティに
出席しています。統合進歩
党と挺対協は、『戦争反対
・平和実現・国民行動』な
る連合組織にて、ともに米
韓軍事演習に反対する声明
を出しています」(同前)
 極左反米反日を隠さない
挺対協は、他の運動団体に
対しても高圧的な態度をと
り、ソウルの日本大使館前
では他の運動団体との乱闘
もたびたび勃発する。
 「挺対協は元慰安婦のおば
あさんたちを完全に囲って
おり、第三者との接触も許
さない。おばあさんが日本
人に好意的に対応しようと
しても、挺対協の関係者が
ストップをかける。挺対協
にとって、慰安婦問題は
『自分たちの利権』だとい
う認識なのです」(韓国公安
関係者)
 こうした挺対協のあり方
には、韓国国内からも批判が噴出している。かつて挺
対協とともに慰安婦の調査
活動を行ったソウル大学の
安秉直名誉教授は、韓国の
テレビ番組にて「私が活動
をやめた理由は、挺対協の
目的が慰安婦の本質を把握
することではなく、日本と
ケンカすることだったから
だ」と批判している。
 慰安婦問題に詳しいジャ
ーナリストは「挺対協は慰
安婦はそっちのけで、運動
そのものが目的化してい
る」と解説する。
 「挺対協は、北朝鮮との関
係を隠そうとしません。慰安婦を北朝鮮の金剛山観光
に連れて行き、費用もすべ
て挺対協が拠出。さらに、
北朝鮮政府の委員会にも慰
安婦を出席させた。観光か
ら戻ってきた慰安婦は、
『当初の予定にはなかった
のに、そんなことまでさせ
られたよ』と戸惑っていた
そうです」
 挺対協は日本政府に巨額
の補償金支払いを求めてい
るが、日韓の戦後補償問題
は、一九六五年の日韓基本
条約で「完全かつ最終的に
解決」(条約の文言より)し
ている。

ゲレンデール市長は設置に反対

「日本政府は八億ドル(現
在の貨幣価値で約十二兆円)
もの賠償金を支払ったが、
これは韓国の当時の国家予
算の二倍強にもあたる。国
際法からみても、日本政府
が賠償金を二重払いするわ
けにはいかない。そこで日
本政府は『アジア女性基
金』を立ち上げ、。善意の
償い金”を慰安婦に渡すと
いうかたちを考えたので
す」(外務省関係者)

ところが、そうした善意
を邪魔したのが挺対協だっ
た。アジア女性基金の理事
を務めヽた人物が批判する。
 「私が許せないのは、挺対
協は、本当におばあさんた
ちの人権や貧困状態につい
て考えていないのではない
かということです。私たち
は、。償い金”を届けるべく、
慰安婦の名簿を管理してい
る挺対協に協力を依頼しま
したが、応じてもらえなか論を考えるとハレーション
を恐れて手出しはできない。
逆に左派は国情院解体を公
然と叫ぶ。彼らの最終目標
は、北朝鮮主導の南北統一
なのです」(前出・西岡氏)
 小誌はメールや電話を通
じて金夫妻に何度も取材を
申し込んだが、「日本メデ
ィアの取材には応じられな
い」と拒否された。挺対協
本部にも記者が直接足を運
んだが、こちらも日本メデ
ィアと判明した途端、取材
は拒絶された。
 一方、アメリカでの慰安
婦喧伝活動は、着々と進ん
でいる。一月末、エドーロ
イス下院外交委員長も慰安
婦像に献花を行った。グレ
ンデール市在住のジャーナ
リスト・後藤英彦氏が語る。
 「アメリカ司法省による
と、一二年前半に韓国は官
民合わせて千七百万ドル
(約十七億円)の資金をロビ
ーインクや文化活動に投
入。また、韓国ロビー団体
は全米で二十ほどあり、韓
国系アメリカ人の人口は日
系大よりも多い。韓国は条
件付きで二重国籍を認めて
おり、韓国出身者の多くが
アメリカの投票権を持って
いることも政治的発言力に
つながっています」
 だが、グレンデール市の
デイブーウィーバー市長
は、慰安婦像設置に反対票
を投じた。ウィーバー市長
を直撃すると、思いのたけ
を語ってくれた。
 「一体いつまでこの騒ぎは
続くんだろう。しばらく収
まりそうにない。この問題
をめぐって六百通以上のメ
ールを受け取った。韓国か
らの賛成メールと日本から
の反対メール。私たちは、
日韓の問題に関わりを持つ
べきではないと思う。何が
正しかったのか、私たちは
知る術はないからだ。私は
この静かな街で生まれ育つ
たんだ。実は、あの像は一
度も見たことはないよ。私
は建立に反対したからね」
 不毛な困惑と対立……そ
れこそ、反日グループの思
う壺なのだろう。
 安倍総理側近の萩生田光
一自民党総裁特別補佐は韓
国への対応策をこう明かす。
 「単なる人権団体の活動で
はなく、北朝鮮の意思が働
いている可能性は、大いに
注視する必要があります。
 韓国ロビーが海外で繰り
広げてきた活動に対して、
日本政府の対応が甘かった
という指摘もある。日本の
立場をキチンと説明してお
くべきだったと思うし、外
務省や首脳だけでなく、歴
史的背景の誤解を解くため
にも日米間で議員外交のパ
イプを作るべきです」
 「江南スタイル」が全米で
大ヒットした韓国人シンガ
ーPSYも、「ヤンキーを
殺せ」「苦しませながら殺
せ」などという過激な歌詞
のラップをかつて反米デモ
集会で歌ったことが露見
し、昨年アメリカで謝罪に
追い込まれた。
 アメリカ社会は、韓国の
慰安婦関連活動が、結局は
自由社会を脅かしているこ
とにいつ気付くだろうか。

週刊文春 2014.2.27 P.34-37

2014年2月8日土曜日

関東大震災、新たな火種


「正しさ」とは何か:韓国社会の法意識/2 関東大震災、新たな火種

 「日本政府の関与は明らかだ。真相究明に遅過ぎることはない」

 先月24日、韓国南西部・済州島(チェジュド)。川沿いの住宅街にある一戸建ての自宅居間に、市民運動家の金鍾洙(キムジョンス)牧師(50)を招き入れた趙民星(チョミンソン)さん(61)が、穏やかな口調で話した。

 金牧師は、関東大震災(1923年)時に起きた朝鮮人虐殺の真相究明を求める運動をしている。震災直後「朝鮮人が暴動を起こす」などのデマが広がり、多数の朝鮮人が殺害された。犠牲者数を数千以上とする説もあるが、実態は不明だ。韓国メディアが3日前、趙さんのことを「遺族が見つかった」と報じたのを受け、済州島に飛んだ。

 金牧師は、80年代に民主化闘争の一翼を担った労働運動の活動家だった。2007年に虐殺のことを知り「抑圧された朝鮮人の被害を放っておけない」と考え、事件のことを韓国内で知らしめる運動を始めた。趙さんに会って「遺族と証明できる人は初めて。重みが違う」と声を弾ませた。

 趙さんは、父の故泰満(テマン)さんが65年に書いた記録を示した。震災時に亡くなった遠縁の一家を泰満さんが日本へ行って調べ、東京の亀戸署(当時)内で殺害されたことが分かったのだという。記録は公表されることなく、家に保管されてきた。

 「訴訟を起こさないのか」。同席した韓国人記者が尋ねた。「遺骨を見つけてきちんと葬ってあげたい」と話す趙さんだが、「訴訟までは考えていない」と答えると、記者が「真相究明の助けになるのでは」と畳み掛けた。金牧師は「訴訟は難しいが、遺族が提訴したいなら放っておけない」と含みを残す。

 韓国政府は昨年11月、虐殺の犠牲者290人の名簿が東京の韓国大使館倉庫で見つかったと発表した。日韓国交正常化交渉が続いていた50年代初めに作成された名簿は、事件への韓国メディアの関心を高めた。

 名簿発見の公表前、対日政策に関わる韓国外務省幹部は「関東大震災が新たな外交懸案になるかもしれない」と口にしていた。そして今、その懸念は韓国国会で現実のものとなりつつある。真相究明の努力を韓国政府に義務づける特別法制定が、議員立法で進められようとしているのだ。中心となっている野党・民主党の柳基洪(ユギホン)議員は「真相究明が進めば、当然、日本への謝罪や補償の要求も出てくるのではないか」と話す。

 駐日大使も務めた韓国の元外交官は「遺族が悔しいのは分かる。でも、さすがに昔の話で、今さら補償でもないだろう」と顔をしかめる。だが、柳議員は「こうした問題では与野党とも異論が出ない」と断言し、法案成立に自信を見せた。【済州島で澤田克己】=つづく

毎日 2014.2.8
http://mainichi.jp/shimen/news/20140207ddm007030144000c.html

関東大震災の時に虐殺されたという遠縁の一家に関する記録を金鍾洙牧師(左)に見せる趙民星さん=済州市の趙さん宅で

2013年11月28日木曜日

朝日 慰安婦問題は日韓間だけの問題ではない

慰安婦問題、インドネシアの女性証言 「日本軍のテントに連行された」

慰安婦問題は日韓間だけの問題ではない。日本政府が約20年前、東南アジアへの波及を防ぐ外交を水面下で進めていたことを朝日新聞は報じた。1942年に日本が占領したインドネシアには、現在も「旧日本軍から性暴力を受けた」「慰安婦だった」と証言する女性がいる。被害状況さえ解明されないまま置き去りにされた彼女たちに会いに行った今夏の取材を報告する。

 赤道直下に浮かぶインドネシア・スラウェシ島には元慰安婦の支援団体がある。これまで団体が聞き取りをしていない人を紹介してほしいと依頼した。

 最初に会ったのは島南西部のシンジャイ県に住むベッチェさん。築数十年の高床式の家を訪ねた。80代半ばで曲がった腰にサロンと呼ばれる布を巻いている。未婚で親戚一家の元に身を寄せている。

 記者は「当時、日本兵に何か怖いことをされたのですか」と切り出した。インドネシアは地域によって言語が異なる。日本語からインドネシア語、そして地域語へ、2回の通訳を経て質問は届く。彼女はつぶやくように話し始めた。

 「あの時、私は10代半ばでした。ある暑い日の夕方、2人の男が家で料理をしていた私を無理やり外に引っ張り出しました」

 男たちはインドネシア語ではない言葉を話し、銃を持っていた。それを見てベッチェさんは日本兵だと思ったという。10分ほどで彼女の目は涙であふれた。

 「娘を連れて行かないでくれ」と叫ぶ父親の目前でベッチェさんはトラックの荷台に押し込まれた。他にも同年代の女性が乗っていたという。着いた場所には「日本軍のテントが張ってあった」。そのうちの一つに連れて行かれ、複数の男に犯されたと語った。

 当時、その場所に出入りしていたというインドネシア人男性・ハムザさんに話を聞くことができた。「日本軍が三つテントを張って7人の女性を閉じ込めていた。そこで彼女(ベッチェさん)を見た。連行したのは地域を管理していた日本兵だ」。当時、若い女性が日本兵の慰安婦にされることが地域で恐れられていたという。

 ベッチェさんは約3カ月後に解放された。だが、家族から「汚い人間は必要ない」と家を追われた。裸足で丸2日歩いた末、知人の住む村で畑仕事を手伝いながら生き延びたという。「これまで何もしてくれなかったインドネシア政府に腹が立つ」。取材を終えた時、紅潮した顔が涙でくしゃくしゃになっていた。

 ■「大きな建物 たくさんの小部屋」

 取材班は、女性たちが被害を受けたと証言する現場を探した。

 島南西部のピンラン県に住むイパティマンさんの証言は詳細だ。当時、働いていた製糸工場内で小銃を持つ男に腕をつかまれた。インドネシア人の顔つきではなく日本兵だと思った。トラックで15分ほど走った所にあるマリンプン地区に連れていかれたという。

 「大きな木造の建物に入れられました。廊下を隔ててたくさんの小さな部屋がありました」。そこに日本兵が次々にやって来て辱めたという。「大声で叫びました。怖くて涙が止まりませんでした」。3カ月後に解放されて間もなく、戦争は終わったという。

 取材班は彼女の家から10キロほどのマリンプン地区に入った。古くから近くに住むタヒルさんという男性が広大な牧草地に案内し、「昔、ここにはたくさんの日本兵がいた。大きな基地だった」と話した。建物跡は見つからなかったが、日本軍がいたという裏付けになる証言だ。

 イパティマンさんは自らが働いていた工場を営む日本企業を正確に覚えていた。今もある大手企業だ。

 取材班は彼女の証言を頼りに、工場があったとみられるピンラン県パチョゲン地区の住宅街の一角に向かった。民家ばかりで工場を思わせる痕跡はない。近くに住むイカラウさんという女性に出会った。

 イカラウさんは、こちらが教えていないのに、イパティマンさんの証言と同じ日本の企業名を言い、「日本軍がいた当時、ここに工場があった」と話した。さらに「母親からは『工場に近づいてはいけない。日本人の嫁にさせられる』と言われた。みんな恐れていた」と続けた。

 取材班は当時の資料にもあたった。スラウェシ島は当時、「セレベス島」と呼ばれた。終戦後、旧日本軍がオランダ軍の求めに応じて作成した「南部セレベス売淫施設(慰安所)調書」には「ピンラン分県ピンラン町」に慰安所があったとある。それがイパティマンさんの言う場所かは不明だ。大手企業に取材すると、スラウェシ島に工場があったとの記録は残っているが、それがパチョゲン地区なのかは「確認のしようがない」とのことだった。

 ■「全土300人以上」の記録も

 日本はインドネシアとの個別の平和条約(58年発効)に基づき約2億2千万ドル(約803億円)を賠償し、戦後処理の一環として約1億8千万ドル(約637億円)の経済協力などを実施した。慰安婦問題の償い事業のため、日本政府の主導で95年に設立された「女性のためのアジア平和国民基金」(アジア女性基金)も償い金として3億7千万円を支援。インドネシア社会省は高齢者福祉施設69カ所の建設や修繕費に充てた。

 基金の記録によると、スラウェシ島の21カ所を含め、インドネシア全土には少なくとも40カ所弱の慰安所があり、300人以上の慰安婦がいた。これらの数字は「南部セレベス売淫施設(慰安所)調書」などに基づくものだ。

 基金は調査報告書でインドネシアには中国、朝鮮、台湾出身の慰安婦もいたが、「多くは村落社会から募集された」と指摘。軍が管理した慰安所以外に「特定の部隊が独自に女性を集めて自分たちだけが利用した私設の慰安所のようなところ」もあったとした。

 93年に現地調査した日本弁護士連合会は女性8人から「慰安婦にされた」との証言を得た。その報告書に「慰安所が各地に設けられ、若い女性が性的関係を強要された」とまとめた。

 ■内容は克明、答えに矛盾なし

 取材班は今年7月、スラウェシ島に約2週間滞在し、元慰安婦や目撃者と名乗る約20人と会った。インドネシアには多様な地域語があり、多くの場合、日本語からインドネシア語、そして地域語に2度の通訳を介して話を聞いた。取材を拒む人や、記事にしない条件で話す人もいた。

 彼女たちの証言を完全に裏付ける資料は見つからなかったが、内容は克明で信用できた。連行の様子や閉じ込められた部屋の特徴、どんな辱めを受けたか、解放後どうやって帰宅したか、どれも具体的だった。

 金銭を受け取ったか、どうして逃げなかったのかという話しづらいことも聞いた。金銭を受けたという人はおらず、見張りや仕返しが怖くて逃げられなかったという答えが相次いだ。同じことを角度を変えて何度か聞き直しても答えに矛盾はなかった。70年たった今も彼女たちは苦しみ続けていた。

 (鬼原民幸、板橋洋佳)

 <報道の経緯>

 朝日新聞は90年代の慰安婦問題に関する数千枚の外交文書を情報公開で入手し、当時の政府高官らの証言とあわせ、慰安婦問題の拡大を防ごうとした日本外交の裏側を10月13日付朝刊で詳報した。日本政府が当時、韓国で大きくなった慰安婦問題が他国に波及するのを恐れ、東南アジアで聞き取り調査をしなくて済むよう動いていたという内容。

 ■日本兵から性被害を受けたという女性たちの主な証言

【名前】 証言内容

     *

【テンバ】 自宅から連行。昼は紡績工場で強制労働、夜は宿舎から出られず。特定の日本兵が毎週のように部屋へ。4カ月後に解放。家族に打ち明けてこなかった。

【イタン】 市場から複数の女性とともに連行。3畳ほどの部屋で3カ月間、何人もの日本兵の相手に。自殺も考えた。今も寝る前や食事の時に記憶がよみがえる。

【チェンボ】 道端で物売り中、常連の日本兵によって連行。3カ月の監禁後、その日本兵と結婚し妊娠。終戦で離別してから連絡が取れず、1人で子どもを育てる。

【ミナ】 畑の帰りに父親の目の前で連行。1年以上、毎日複数の日本兵に辱められる。誰も避妊せず2回妊娠し、流産した。銃で殴られ右目を失明した。

【ミナサ】 自宅近くの森に連行。草を布団代わりにして犯される。終われば帰宅できたが、3人の日本兵がほぼ毎日やって来た。今も日本人が怖く、憎んでいる。

【アティ】 自宅から日本軍管理の石灰工場へ連行。朝から働き、午後は部屋に複数の日本兵が。数カ月後に隙を見て逃亡。心が壊れた体験で、詳しく話したくない。

【サニアガ】 村長に命令され日本軍の施設に。強制労働中に何度も「バッキャロー」と言われた。自分の経験は話せないが、日本兵の子を妊娠して殺された女性もいた。

 (敬称略。すべて取材班への証言。現在の年齢はいずれも80~90代)

http://digital.asahi.com/articles/TKY201311270675.html?_requesturl=articles/TKY201311270675.html&ref=comkiji_txt_end_s_kjid_TKY201311270675

2013年11月18日月曜日

パク・クネ 歴史認識

ベトナム訪問の朴大統領 過去の戦争の歴史で謝罪せず

 【ソウル=黒田勝弘】ベトナム訪問中の朴槿恵(パク・クネ)大統領が過去の戦争の歴史について謝罪発言などまったくせず、ベトナム側も何ら要求していないことが韓国で話題になっている。10日付の新聞論調では、韓国が日本に対してしきりに「歴史直視」を要求していることと矛盾するではないかとの皮肉も出ている(ハンギョレ新聞社説)。

 韓国は1960~70年代のベトナム戦争で米軍支援のため延べ30万人以上の部隊を派兵し、部分的に“住民虐殺事件”もあったとされる。ベトナム統一後、両国は92年に国交を結んだが、ベトナムは韓国に対し謝罪や反省、補償など一切求めなかった。

 しかし2001年、金大中(キム・デジュン)大統領がベトナム訪問の際、「不本意ながらベトナム国民に苦痛を与えたことを申し訳なく思う」と“謝罪”した。これに対し当時、野党だった朴槿恵ハンナラ党副総裁は「金大統領の歴史認識を憂慮せざるを得ない。参戦勇士の名誉を傷つけるものだ」と批判した経緯がある。

 ベトナム派兵は父・朴正煕(チョンヒ)大統領(当時)の決断で行われたものだが、朴槿恵大統領は今回の訪問に際しベトナムの国父ホー・チ・ミンの廟(びょう)参拝、献花の時を含め戦争の歴史にはまったく触れず、もっぱら経済協力問題に終始した。

中央日報は1面トップ記事で「父の時代の歴史に対する和解」とし「過去についての両国の成熟した立場と、間違った歴史認識にとらわれている日本を比較することになる」「日本への圧迫の意味もある」と奇妙な解釈を加えている。

 朴槿恵大統領が謝罪をしなかった背景には、ベトナム戦争を米韓による侵略戦争とするベトナム側と「自由を守るための戦争」とする自らとの間に歴史認識の違いがあるからだ。

 にもかかわらずベトナムが韓国に歴史認識の一致や謝罪、反省を求めず未来志向の協力関係を重視する“成熟”した態度は、日本ではなくむしろ韓国の対日姿勢に対する教訓であり“圧迫”になるものだろう。

 一方、韓国マスコミはベトナムが60年以上も植民地支配したフランスに対して謝罪や反省、補償など一切求めていないことにはまったく触れていない。


http://megalodon.jp/2013-1112-2019-52/sankei.jp.msn.com/world/news/130910/asi13091021240000-n1.htm
http://megalodon.jp/2013-1118-2049-21/sankei.jp.msn.com/world/news/130910/asi13091021240000-n2.htm

2013年11月13日水曜日

森本敏

-対中・対韓関係は今後どう進めるべきか。

 「いわゆる従軍慰安婦問題は日韓基本条約によって処理済みだ。基金もつくったが、(日本の)支払いを拒否したのは韓国側。関係悪化で困惑するのは韓国ではないか。北東アジアの安定は日本との協力なくしてはやっていけない」

神奈川新聞 2013.11.13
http://megalodon.jp/2013-1113-2044-47/news.kanaloco.jp/localnews/article/1311130009/


2013年11月3日日曜日

国連 サイドイベント

韓国挺身隊問題対策協議会と国際アムネスティが共同主催した"日本軍性的奴隷生存者のための定義"行事にはキム・ボクトンおばあさん(88)が韓国で直接参加した中で、各国の国連代表部および国連人権機構関係者、関連団体が参加して日本軍'慰安婦'問題に対する深い関心を表わした。

真実定義特別報告官は今回の行事で"日本軍'慰安婦'問題に対する日本の謝罪は充分でない"と指摘しながら'公式的な謝罪は被害者が権利の保有者ということを明らかに確認するということでなければならない'で強調した。 また、日本政府に適切な措置を取ることを促しながら'日本軍性的奴隷問題を解決しないのは不信を産むこと'と釘を刺した。 国連女性暴行特別報告官が指摘したことのままに、'被害者は公式的な謝罪と国家的責任の公式認定が欠如した経済的補償は望まない'でもう一度言及して'1995年日本政府が設立したアジア国民基金は日本軍'慰安婦'問題を解決できなかった'で強調した。 特に日本の教科書で'慰安婦'に対する技術が削除されたことに対して深い憂慮を現わした。

これに先立ち今回の行事に参加するために去る9日ジュネーブで来たキム・ボクトンおばあさんは'日本政府に要求するのはお金をくれというのではなく公式謝罪と法的賠償としこのために各国政府が努力することを訴えた。 この日行事では中国、日本軍'慰安婦'被害者の娘が映像発言を通じて日本政府の謝罪を促したし、カナダ アルファ(ALPHA)で韓国系、日系青少年が参加して日本軍'慰安婦'問題を学び参加した経験を通じて正しい歴史教育を訴えた。 この他にも日本軍'慰安婦'問題解決のための経過および市民社会が広げてきた活動に対する挺身隊対策協(ユン・ミヒャン常任代表)および国際アムネスティの報告と日本軍'慰安婦'問題解決に失敗している日本政府の状況に対する前田朗日本造形大学教授の発表が成り立った。

一方今回の行事に招請したが参加しなかった日本政府は国際アムネスティに送った立場門を通って安倍総理が去る8月15日戦没者追悼式で'(日本政府)は謙虚に歴史を向き合って私たちが習わなければならない教訓を心深く刻んで入れる'で発言したことがあるとしながら安倍総理と前任者は'慰安婦'らに深い同情(動静)と配慮を感じると言及して安倍総理と内閣が最近吐き出した日本軍'慰安婦'被害者に対する妄言とは全面的に矛盾する立場を明らかにした。 また、日本政府はこの問題に対して何度も、明確に謝罪を表明したと主張してアジア国民基金を言及するなど国際社会の認識とはかけ離れた既存の主張を繰り返した。
国際アムネスティは今回の行事を契機に、日本を含んだG8国家が2013年4月11日G8外相会談で採択した‘展示性暴行根絶に関するG8宣言’を履行するためには日本政府の日本軍'慰安婦'問題解決が先行しなければならないという内容を入れた公開書簡を日本政府に伝達したことがあって、米国、英国、ドイツをはじめとするG8国家に日本政府に対する問題解決を促すことを要求する活動を繰り広げている。

キム・ボクトンおばあさんと挺身隊対策協は14日までスイス、ジュネーブで各国政府および関係者たちに会って日本軍'慰安婦'問題解決のための支援を要請する面談活動を引き続き広げた後、フランス、パリに移動して水曜デモ、証言行事など多様な活動を続けさせる予定だ。

FB 2013.9.13
http://megalodon.jp/2013-1103-1355-26/archive.is/lMwxX


한국정신대문제대책협의회와 국제앰네스티가 공동주최한 "일본군성노예 생존자들을 위한 정의" 행사에는 김복동 할머니(88)가 한국에서 직접 참석한 가운데, 각국의 유엔 대표부 및 유엔인권기구 관계자, 관련 단체들이 참석하여 일본군'위안부' 문제에 대한 깊은 관심을 드러냈다.

진실정의 특별보고관은 이번 행사에서 "일본군'위안부' 문제에 대한 일본의 사과는 충분치 않다"고 지적하면서 '공식적인 사과는 피해자들이 권리의 보유자라는 것을 분명하게 확인하는 것이어야 한다'고 강조했다. 또한 일본정부에 적절한 조치를 취할 것을 촉구하면서 '일본군성노예 문제를 해결하지 않는 것은 불신을 낳는 일'이라고 못박았다. 유엔 여성폭력특별보고관이 지적한 바대로, '피해자들은 공식적인 사죄와 국가적 책임의 공식 인정이 결여된 경제적 보상은 원하지 않는다'고 다시 한 번 언급하며 '1995년 일본정부가 설립한 아시아국민기금은 일본군'위안부' 문제를 해결하지 못했다'고 강조했다. 특히 일본의 교과서에서 '위안부'에 대한 기술이 삭제된 데 대해 깊은 우려를 나타냈다.

이에 앞서 이번 행사에 참석하기 위해 지난 9일 제네바로 온 김복동할머니는 '일본정부에게 요구하는 것은 돈을 달라는 것이 아니라 공식 사죄와 법적 배상이라며 이를 위해 각국 정부가 힘써줄 것을 호소했다. 이날 행사에서는 중국 일본군'위안부' 피해자의 딸이 영상 발언을 통해 일본정부의 사죄를 촉구하였으며, 캐나다 알파(ALPHA)에서 한국계, 일본계 청소년들이 참석하여 일본군'위안부' 문제를 배우고 참여한 경험을 통해 올바른 역사교육을 호소했다. 이밖에도 일본군'위안부' 문제해결을 위한 경과 및 시민사회가 펼쳐 온 활동에 대한 정대협(윤미향 상임대표) 및 국제앰네스티의 보고와 일본군'위안부' 문제 해결에 실패하고 있는 일본정부의 상황에 대한 마에다 아키라 일본 조케이 대학 교수의 발표가 이루어졌다.

한편 이번 행사에 초청했으나 참석하지 않은 일본정부는 국제 앰네스티에 보낸 입장문을 통해 아베 총리가 지난 8월 15일 전몰자추도식에서 '(일본정부)는 겸손하게 역사를 마주하고 우리가 배워야 할 교훈을 마음 깊이 새겨 넣는다'고 발언한 바 있다면서 아베 총리와 전임자들은 '위안부' 들에게 깊은 동정과 배려를 느낀다고 언급해 아베 총리와 내각이 최근 쏟아낸 일본군'위안부' 피해자들에 대한 망언과는 전적으로 모순되는 입장을 밝혔다. 또한 일본정부는 이 문제에 대해 여러 번, 분명히 사과를 표명했다고 주장하며 아시아국민기금을 언급하는 등 국제사회의 인식과는 동떨어진 기존의 주장을 반복했다.
국제앰네스티는 이번 행사를 계기로, 일본을 포함한 G8 국가들이 2013년 4월 11일 G8 외무장관회담에서 채택한 ‘전시성폭력 근절에 관한 G8 선언’을 이행하기 위해서는 일본정부의 일본군'위안부' 문제해결이 선행되어야 한다는 내용을 담은 공개서한을 일본정부에 전달한 바 있으며, 미국, 영국, 독일을 비롯한 G8국가들에 일본정부에 대한 문제해결을 촉구할 것을 요구하는 활동을 펼쳐나가고 있다.

김복동할머니와 정대협은 14일까지 스위스 제네바에서 각국 정부 및 관계자들을 만나 일본군'위안부' 문제 해결을 위한 지원을 요청하는 면담활동을 계속해서 펼친 후, 프랑스 파리로 이동해 수요시위, 증언행사 등 다양한 활동을 이어나갈 예정이다.

ラジオ仏

キム・ボクトンおばあさんとパリに無事に到着した後昨日は国際アムネスティ フランス支部代表と国際連帯担当者に会いました。 これらは橋本大阪市長の発言に対して絶対有り得ないことと釘を刺して問題解決のための日本市民の責任も大きいという点を強調しました。 おばあさんがフランスを選択して訪ねてきたことに対して繰り返し監査(感謝)を伝えたりもしました。 今キム・ボクトンおばあさんはラジオフランスとインタビューをしています。

FB 2013.9.17
http://megalodon.jp/2013-1103-1348-00/archive.is/cZ1Aq

김복동할머니와 파리에 무사히 도착한 후 어제는 국제앰네스티 프랑스지부 대표와 국제연대 담당자를 만났습니다. 이들은 하시모토 오사카 시장의 발언에 대해 절대 있을 수 없는 일이라고 못박으며 문제해결을 위한 일본시민들의 책임도 크다는 점을 강조했습니다. 할머니가 프랑스를 선택해 찾아와 준 데 대해 거듭 감사를 전하기도 했습니다. 지금 김복동할머니는 라디오프랑스와 인터뷰를 하고 있습니다.