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2013年10月17日木曜日

社説 朝日英字 野田7

EDITORIAL/社説―慰安婦問題

■Japan, South Korea should immediately resolve comfort women issue:

Distrust continues between Japan and South Korea despite the fact that they are neighboring countries with only a narrow sea between them. But a move made last year, which was revealed earlier this month, could become a breakthrough to overcome the deadlock.

In 2012, the government of Prime Minister Yoshihiko Noda and the South Korean government of President Lee Myung-bak held talks to resolve the "comfort women" issue of the wartime Japanese army and got to a point that was extremely close to reaching a political settlement. “Comfort women” is a euphemism for the women, many of them from the Korean Peninsula, who provided sex for Japanese soldiers before and during World War II.

The negotiations broke down due to the change of governments in both countries. Looking back on the progress of the talks, which were held by aides to the top leaders, however, we can find that it is possible to reach a compromise if the leaders have a strong will toward reaching a resolution.

According to testimonies of high-ranking officials of the Noda and Lee governments, the Japanese side presented the following proposal to the Korean side.

First, the Japanese ambassador to South Korea will meet with former comfort women and offer an apology to them. Then, Japan and South Korea will hold a summit meeting in which the Japanese side will express humanitarian steps to be taken, such as the offering of atonement money. The humanitarian steps will be funded by the government’s budgets.

As for the comfort women issue, the Japanese government maintains the position that the issue has been settled in the Japan-South Korea agreement on the right of claims, which was concluded when the two countries normalized diplomatic relations in 1965.

The proposal made by the Noda government is a maximum compromise to give relief to former comfort women while maintaining the government’s stance. It is a framework similar to the Asian Women’s Fund, which was implemented, starting in 1995, based on the donations of about 500 million yen ($5 million) collected from the private sector.

In the case of the Asian Women’s Fund, however, Japanese and South Korean support groups for former comfort women criticized the program, saying, “The Japanese government is avoiding its legal responsibility.” Because of that, few former comfort women accepted the atonement money in South Korea. In the talks held last year, both the Japanese and South Korean governments paid the utmost care in order to prevent former comfort women from rejecting the atonement money.

As for the Noda government’s negotiations, current Chief Cabinet Secretary Yoshihide Suga said, “None of the talks have been taken over by our administration (of Prime Minister Shinzo Abe).” Even in the Abe administration, however, some officials say that the government will look for ways to resolve the comfort women issue.

Current relations between Abe and South Korean President Park Geun-hye are so bad that they cannot hold an appropriate discussion even if they meet at international conferences. As seen last year, however, negotiations between the Noda and Lee governments progressed after the serious deterioration of bilateral relations due to Lee’s landing on one of the Takeshima islets in the Sea of Japan, which are administered by South Korea but are claimed by Japan.

If Japan and South Korea try to reach a political settlement, differing opinions could arise in both countries. But there is no doubt that both countries have to immediately mend relations by settling the issue of the former comfort women while they are still living.
Differing from the previous governments, the administrations of Abe and Park are blessed with stable political bases that can overcome thorny issues between the two countries.

Without letting this opportunity pass, they should take over the negotiations and immediately start working toward a final settlement.

--The Asahi Shimbun, Oct. 13



一衣帯水の隣国なのに、日本と韓国の間では不信の連鎖が続く。これを断ち切る突破口にならないだろうか。

日本の野田前政権と韓国の李明博(イミョンバク)前政権が昨年、旧日本軍の慰安婦問題の解決に向け話し合いを進め、政治決着の寸前までこぎ着けていたことが明らかになった。

双方の政権交代によって交渉は頓挫した。だが、首脳の側近同士が交渉した一連の経緯を振り返ってみると、解決に向けた強い意志が指導者にあるならば、歩み寄りは可能だということがわかる。

日韓の前政権高官らの証言によると、日本側は次のような案を韓国側に示したという。

駐韓日本大使が元慰安婦に会って謝罪。それを受けて日韓首脳会談を開き、日本側が償い金などの人道的措置をとることを表明する。人道的措置の原資には、政府予算をあてる。

慰安婦問題について日本政府は、1965年の国交回復時に結ばれた日韓請求権協定によって解決済みとの立場だ。

前政権の案は、こうした政府の立場を維持しつつ、元慰安婦を救済するぎりぎりの妥協策だ。かつて民間から集めた5億円あまりの寄付をもとに実施された「アジア女性基金」の事業と似た枠組みだ。

アジア女性基金では、日韓の支援団体などが「日本政府は法的責任を回避している」などと反発。韓国で償い金をうけとった元慰安婦はごくわずかにとどまった。今回はこうした轍(てつ)を踏むまいと、双方は細心の注意を払っていた。

菅官房長官は前政権の交渉について、「私どもの政権に引き継がれていることはまったくない」と語った。一方で安倍政権内にも、この問題の決着を模索すべきだとの声はある。

安倍首相と朴槿恵(パククネ)大統領はいま、国際会議で顔を合わせても、まともな会談ができないほど冷えた関係にある。ただ、昨年、交渉が進んだのは、むしろ李前大統領が竹島に上陸して、両国の関係が極度に悪化した後からのことだ。

慰安婦問題を政治決着させるとなれば、日韓双方で異論も出てくるだろう。だが、元慰安婦の存命中にこの問題に区切りをつけ、日韓関係を修復することが急務なのは間違いない。

前政権と違い、安倍、朴の両政権は、両国間のわだかまりを克服できるだけの安定した政治基盤を持っている。

この時を逃さずに交渉を引き継ぎ、最終解決を導く話し合いを早急に始めるべきだ。

朝日 2013,10.14
http://www.asahi.com/business/articles/TKY201310140113.html?ref=reca

政治決着できる慰安婦問題 朝日 野田6

(社説余滴)政治決着できる慰安婦問題 箱田哲也

ちょうど1年前、韓国の李明博(イミョンバク)大統領が日本に送った特使と野田佳彦政権の斎藤勁(つよし)・官房副長官らが、従軍慰安婦問題の政治決着に向けた最後の詰めを急いでいた。

野心的な試みは結果として時の壁に阻まれた。だが同時に、トップの意向次第で乗り越えられる問題である、ということも裏付けた。

慰安婦問題をめぐっては法的に解決済みだという日本に対し、韓国は別途に交渉の必要があると主張し、平行線をたどってきた。

一昨年の年末の首脳会談で「知恵をしぼる」と約束した日本政府は昨年春、折り合えそうな案を示した。それが実らなかったのは、支援団体の反発を恐れた韓国の外務官僚らが消極的だったためだ。大統領には当時、日本案の詳細が伝わっていなかった、という複数の証言がある。

秋になって日韓は政治決着に向け、急接近した。最大の焦点である「責任の所在」について、表現調整にかかわった日韓の関係者らは「ほぼまとまりつつあった」と口をそろえる。しかし、衆院の解散宣言で計画は霧散した。

政治決着とは、慰安婦問題での対立に両政府が終止符を打つことにほかならない。

「韓国政府が同意しても、支援団体が納得しなければ問題は解決しないだろう」。こんな声は根強い。確かに韓国には、法や規則より「道理」が先にたつような面があることは否めない。

だが、果たしてそうだろうか、とも思う。

軍事政権の終わりを告げた宣言から四半世紀。国民所得も格段に上がった。新たな政府間の合意は、昔とは異なる重みを生みはしまいか。
「安倍首相が慰安婦問題で和解するはずがない」。そんな声も聞こえる。

それでも首相は国会で「筆舌に尽くしがたい、つらい思いをされた(元慰安婦の)方々のことを思うと非常に心が痛む」と述べた。国連総会では、慰安婦に触れずに韓国の反発を招いたものの、紛争下の女性の権利重視を訴えた。

慰安婦問題の決着に向けては2年前、韓国憲法裁判所が出した決定が、日韓の背中を後押しした。この間、元慰安婦12人が亡くなった。存命の被害者は56人になった。

実現可能な解決策とは何なのか。救済すべきなのは誰なのか。日韓双方が問題の本質を被害者の救済ととらえるなら、互いに譲歩しての政治決着以外に道はない。

(はこだてつや 国際社説担当)

朝日 2013.10.17
http://digital.asahi.com/articles/TKY201310160783.html?ref=comkiji_txt_end_s_kjid_TKY201310160783

2013年10月15日火曜日

朝日 政府はどんな調査をした?

(ニュースがわからん!)慰安婦問題で政府はどんな調査をした?

◇韓国でのみ、聞き取りをした。他国では行わなかったんだ

 ホー先生 日本政府は慰安婦問題(いあんふもんだい)でどんな調査(ちょうさ)をしたんじゃ?

 A まず1991~92年に省庁(しょうちょう)などに残っていた資料(しりょう)を調べ、当時の加藤紘一官房長官(かとうこういちかんぼうちょうかん)が政府の関与(かんよ)を認(みと)める談話(だんわ)を出した。

 ホ それで終わらなかったのか?

 A そう。女性を強制的(きょうせいてき)に連行(れんこう)したことを認めるように求める韓国側が納得(なっとく)しなかった。日本側は韓国の元(もと)慰安婦16人から聞き取りもした。この証言(しょうげん)を元に、93年の河野洋平(こうのようへい)官房長官談話で本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあるとした。

 ホ 政府は問題を広げないようにしていたのか?

 A 調査は韓国を意識(いしき)したものだった。聞き取りは他国では行わなかった。

 ホ ホホウ! 調査で何がわかったんじゃ?

 A 32年の上海事変(シャンハイじへん)のころから45年の終戦(しゅうせん)にかけて、アジア各地に軍の要請(ようせい)で慰安所(いあんじょ)が設営された。多くは民間業者(みんかんぎょうしゃ)が経営(けいえい)したが、軍は管理(かんり)に関与した。

 ホ 慰安婦だったのはどこの国の女性たちじゃ?

 A 調査でわかったのは日本のほかに朝鮮半島と中国、台湾、フィリピン、インドネシア、オランダ。人数は不明(ふめい)だ。

 ホ 調査の後は?

 A 政府主導の「女性のためのアジア平和国民基金(へいわこくみんききん)」が、償(つぐな)いの事業(じぎょう)をした。韓国、台湾、フィリピンで申請した285人に1人200万円を支給(しきゅう)した。基金は07年に解散(かいさん)した。

 ホ 補償(ほしょう)は済(す)んだのか?

 A 日本政府は国家間(こっかかん)の問題は条約(じょうやく)で法的(ほうてき)に解決済(かいけつず)みという立場(たちば)だから、補償としてのお金は出せないとの考えを譲(ゆず)らなかった。だから償い金は民間からの募金(ぼきん)で賄(まかな)った。納得して受け取った人がいた一方、政府が国として正式に補償するよう求めた人たちは受け取りを拒(こば)んだ。中国や北朝鮮など償い事業が行われなかった国もある。

 (小田健司)

朝日 2013.10.14
http://www.asahi.com/shimen/articles/TKY201310130421.html?ref=reca

朝日 「インドネシアに圧力」

慰安婦記録出版に「懸念」 日本公使がインドネシア側に

駐インドネシア公使だった高須幸雄・国連事務次長が1993年8月、旧日本軍の慰安婦らの苦難を記録するインドネシア人作家の著作が発行されれば、両国関係に影響が出るとの懸念をインドネシア側に伝えていた。朝日新聞が情報公開で入手した外交文書などで分かった。

日本政府が当時、韓国で沸騰した慰安婦問題が東南アジアへ広がるのを防ぐ外交を進めたことが明らかになったが、高須氏の動きは文学作品の発禁を促すものとみられ、当時のスハルト独裁政権の言論弾圧に加担したと受け取られかねない。

当時の藤田公郎大使から羽田孜外相あての93年8月23日付極秘公電によると、高須氏は8月20日にインドネシア側関係者と懇談し、作家の活動を紹介する記事が7月26日付毎日新聞に掲載されたと伝えた。

この記事は、ノーベル賞候補だった作家のプラムディア・アナンタ・トゥール氏が、ジャワ島から1400キロ離れた島に戦時中に多数の少女が慰安婦として連れて行かれたと知り、取材を重ねて数百ページにまとめたと報じた。公電で作家とインドネシア側関係者の名前は黒塗りにされているが、作家は同氏とみられる。

公電によると、高須氏は「かかる資料が『イ』(インドネシア)で発行された場合に日・『イ』関係に与える反響を懸念している」と述べた。

これに対し、インドネシア側は「従軍慰安婦問題がきっかけとなり良好な日・『イ』関係が損なわれることのないよう、注意して取り扱われるべきである」と応じ、著書名がわかったら教えてほしいと要請。当局がこの作家の言動を監視し、過去の著作を発禁にしたこともあると伝えた。慰安婦問題の著作も発禁の方向で対応する考えを示唆したとみられる。

この著作はスハルト政権崩壊後の2001年になってようやく出版された。04年には日本でも「日本軍に棄(す)てられた少女たち」として発行された。プラムディア氏は06年に亡くなった。

高須氏は取材に「記憶は全くない」とした上で、公電を見た感想として「懇談の際に私が自分の気持ちを述べたのに対して相手がそう反応したのであって、圧力をかけたというのには当たらない」と回答した。

朝日 2013.10.15
http://www.asahi.com/politics/update/1014/TKY201310130285.html

2013年10月14日月曜日

朝日 「東南アジアでは聞き取りしなかった」 2

インドネシア「非難声明、穏当にした」 慰安婦問題

 韓国で慰安婦問題が沸騰した後、日本政府は真相究明よりも東南アジアへの拡大阻止を優先して動いていた――。約20年前の外交文書を入手し、取材班はこの夏、インドネシアへ飛んだ。スハルト大統領の独裁下にあったインドネシア政府が日本の外交にどう対応したのかを知るためだ。

■スハルト氏の意向くむ
 インドネシア政府が日本の調査結果を非難する声明を出したのは1992年7月。声明を書いた当時の外務省政務総局長ウィルヨノ・サストロハンドヨ氏(79)が、ジャカルタの研究機関の自室で2度にわたり4時間半、取材に応じた。
 ウィルヨノ氏は声明に「強制売春」「女性たちの尊厳は日本政府が何をしても癒やされない」など厳しい言葉を並べたが、「本件を大きくすることを意図しない」と結んだ。スハルト氏の意向をくみ、穏当にまとめたつもりだった。
 「本当はもっときつい声明を書きたかったが、大統領に従わなければならなかった。つらかった」
 それでも、ジャカルタの日本大使館幹部はすぐに抗議してきたという。ウィルヨノ氏は「なぜこんな声明を出したのかと言われ、被害国として当然だと反論した」と顔をゆがめた。
 両国は58年に戦争賠償を決着させ、関係を深めた。日本からの途上国援助(ODA)は2011年度までに累計5兆2千億円超で国別で最大だ。インドネシアから見ても日本は最大の援助国。スハルト氏は日本を重視し、98年の政権崩壊まで戦争被害に冷たかった。
 慰安婦問題の国内対応を担ったインテン・スエノ元社会相(68)は、ジャカルタにある邸宅で取材に応じた。東南アジアへの拡大を防ぐ当時の日本政府の姿勢を「理解できる」と語った。スハルト氏の強い意向を知っていたので、日本政府に聞き取り調査を求めるつもりはなかったという。
 東京で日本側から抗議された元公使のラハルジョ・ジョヨヌゴロ氏(72)にも会えた。記憶は薄れていたが、「日本との友好を維持するため少しの間違いも許されない雰囲気だった」と語った。
■日本「他国をあおりたくなかった」
 日本政府の本音は何だったのか。取材班はインドネシアから帰国し、慰安婦問題を担った約20人の政府高官や外務官僚を訪ね歩いた。直接取材に応じたのは12人で、うち実名報道を承諾したのは5人だった。
 その一人、全省庁の官僚を束ねていた石原信雄・元官房副長官(86)は「シビアに問題提起してきたのは韓国だけ。他国から問題提起されていないのに、進んで調査する気はなかった」と証言した。東南アジアで聞き取りをしなかったのは、相手国の行政実務に問題があり、調査対象の元慰安婦を的確に探し出せるか疑問だったからだという。
 石原氏は「外務省の末端の行動は知らないが、政府がもみ消しに回ったことはない。政府がかかわる以上、公平性、正確性は非常に重要だ」と力説した。
 だが、石原氏の下で奔走した当時の内閣官房担当者の説明は違う。「我々も外務省も静かに済ませたかった。韓国以外で聞き取りをする感じではなかった。現実の政策はそういうものだ」。別の担当者も「他国をあおりたくなかった。韓国での聞き取りで幕引きにしたかった」と語った。
 インドネシア外交を担った外務省OBはインドネシア政府の声明に抗議したと認め、「問題が大きくなったらやりにくくなる。いい加減にしてほしいという圧力だった」と証言した。
 情報公開で得た外交文書とは別の内部文書も取材で見つけた。インドネシアの声明に対し、ODAを進めた大使経験者が「いろいろやってるのに、そんなことを今さら持ち出すとはなんだ」と非難していた。
 河野洋平元官房長官には6月と10月に取材を申し込んだが、事務所を通じ「取材はお受けしない」と回答があった。外務省は「当時の経緯を確認中」としている。
■多くは90歳前後「次会うときは死んでいるかも」
 インドネシアでは90年代、民間団体の呼びかけに約2万人が旧日本軍から性暴力を受けたと申し出た。慰安婦ではなかった人もいるとみられるが、実態は不明だ。
 ジャワ島から600キロ離れたスラウェシ島は、支援組織が根を張る。日本政府は国内での資料調査でこの島に21カ所の慰安所があったことを確認したが、現地で聞き取りはしなかった。取材班は7月、支援組織から紹介を受け、慰安婦だったと名乗る女性や目撃者ら約20人と会った。多くは90歳前後。つらい記憶を胸に生きてきた体験を時に涙を流しながら語った。
 南西部ピンラン県のイタンさんはトタンで作った約10畳の小屋に住む。日本兵に連行され、終戦まで数カ月間、木造の建物で連日のように複数の兵士に犯されたと証言した。「今からでも日本政府にちゃんと償ってほしい。せめて子や孫に家を残したい」と訴えた。
 ミナサさんは自宅そばの森で2年間、強姦(ごうかん)され続けたと訴えた。足腰が弱り介助がないと歩けない。「今度あなたと会う時は、私はもう死んでいるかもね」
 河野談話の前年、インドネシアで初めて元慰安婦だと名乗り出た女性は約10年前に他界した。彼女の生涯をたどる映画が今夏、ほぼできた。制作にかかわったジャーナリストのエカ・ヒンドラティさんは「慰安婦問題が未解決のままであることを、若い世代に伝えたい」。風化への懸念が募る。

朝日 2013.10.13
http://www.asahi.com/politics/update/1013/TKY201310120358.html

朝日 「東南アジアでは聞き取りしなかった」

慰安婦問題の拡大阻止 92~93年、東南アで調査せず

 旧日本軍の慰安婦問題が日韓間で政治問題になり始めた1992~93年、日本政府が他国への拡大を防ぐため、韓国で実施した聞き取り調査を東南アジアでは回避していたことが、朝日新聞が情報公開で入手した外交文書や政府関係者への取材で分かった。韓国以外でも調査を進めるという当時の公式見解と矛盾するものだ。

インドネシア「非難声明、穏当にした」

 「河野談話」が出る直前の93年7月30日付の極秘公電によると、武藤嘉文外相(当時)は日本政府が韓国で実施した被害者からの聞き取り調査に関連し、フィリピン、インドネシア、マレーシアにある日本大使館に「関心を徒(いたずら)に煽(あお)る結果となることを回避するとの観点からもできるだけ避けたい」として、3カ国では実施しない方針を伝えていた。

 日本政府は当時、内閣外政審議室長が「(調査)対象を朝鮮半島に限っていない」と答弁するなど、韓国以外でも真相究明を進める姿勢を示していたが、水面下では問題の波及を防ごうとしていたことになる。

 インドネシア政府が日本政府の慰安婦問題の調査は不十分などと抗議する声明を出したことについて、外務省の林景一南東アジア2課長(現駐英大使)が92年7月14日にインドネシアの在京公使に申し入れた内容を記す文書もあった。

 林氏は「信用できないと断定されたに等しく、残念」と抗議。両政府間で戦争賠償は決着しており、慰安婦への補償を求められることは「ありえない」と批判した。さらにインドネシア政府の担当者が声明を発表した際、旧日本兵の処罰を求める発言をしたことに触れ、「韓国ですら問題にしていない。かかる発言は驚き」と非難した。

 当時の宮沢内閣で慰安婦問題を仕切った政府高官は「問題が大きくなっていた韓国以外には広げたくなかった。問題をほじくり返し、他国との関係を不安定にしたくなかった」と語る。

■韓国と別対応、収束急ぐ
 《解説》被害者は韓国女性に限らないのに、慰安婦問題は「日韓の政治問題」という印象が定着した。背景には、日本批判が高まった韓国と他国を切り離して対応し、事態の収束を急ぐ日本の外交方針があった。
 当時の宮沢内閣は役所に眠る資料を探し、韓国では聞き取り調査をした。韓国世論の高まりに対処するための異例の態勢だった。その韓国では今も慰安婦問題は収まっていない。
 一方、韓国に刺激されて世論が高まり始めた東南アジアでは真相解明に後ろ向きで、聞き取り調査をしなかった。戦場だった国々に慰安婦問題が波及して深刻な実態が明らかになるのを恐れた、と当時の政府高官は明かす。東南アジア諸国も経済発展を優先し、途上国援助(ODA)を受ける日本政府との関係悪化を恐れて政治問題化を避けた。
 政府間の思惑が一致した結果、置き去りにされたのは被害者だ。今夏、インドネシアで彼女らを取材した。大半は90歳前後。インドネシアでは、日本政府が主導したアジア女性基金の「償い金」は同国の意向で元慰安婦に渡らず、元慰安婦に限定しない福祉事業にほぼとどまった。救済どころか、実態調査さえ行われていない。これが20年後の現実だ。
     ◇
 〈慰安婦問題〉 旧日本軍の要請などにより各地に慰安所が設けられた。加藤紘一官房長官は92年7月、政府の関与を認める調査結果を発表。河野洋平官房長官は93年8月の談話で「当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた」と認めた。

朝日 2013.10.13
http://digital.asahi.com/articles/TKY201310120357.html?ref=comkiji_txt_end_kjid_TKY201310120357

朝日 合意目前(社説) 野田5


(社説)慰安婦問題 政治の意志があれば

一衣帯水の隣国なのに、日本と韓国の間では不信の連鎖が続く。これを断ち切る突破口にならないだろうか。

日本の野田前政権と韓国の李明博(イミョンバク)前政権が昨年、旧日本軍の慰安婦問題の解決に向け話し合いを進め、政治決着の寸前までこぎ着けていたことが明らかになった。

双方の政権交代によって交渉は頓挫した。だが、首脳の側近同士が交渉した一連の経緯を振り返ってみると、解決に向けた強い意志が指導者にあるならば、歩み寄りは可能だということがわかる。

日韓の前政権高官らの証言によると、日本側は次のような案を韓国側に示したという。

駐韓日本大使が元慰安婦に会って謝罪。それを受けて日韓首脳会談を開き、日本側が償い金などの人道的措置をとることを表明する。人道的措置の原資には、政府予算をあてる。

慰安婦問題について日本政府は、1965年の国交回復時に結ばれた日韓請求権協定によって解決済みとの立場だ。

前政権の案は、こうした政府の立場を維持しつつ、元慰安婦を救済するぎりぎりの妥協策だ。かつて民間から集めた5億円あまりの寄付をもとに実施された「アジア女性基金」の事業と似た枠組みだ。

アジア女性基金では、日韓の支援団体などが「日本政府は法的責任を回避している」などと反発。韓国で償い金をうけとった元慰安婦はごくわずかにとどまった。今回はこうした轍(てつ)を踏むまいと、双方は細心の注意を払っていた。

菅官房長官は前政権の交渉について、「私どもの政権に引き継がれていることはまったくない」と語った。一方で安倍政権内にも、この問題の決着を模索すべきだとの声はある。

安倍首相と朴槿恵(パククネ)大統領はいま、国際会議で顔を合わせても、まともな会談ができないほど冷えた関係にある。ただ、昨年、交渉が進んだのは、むしろ李前大統領が竹島に上陸して、両国の関係が極度に悪化した後からのことだ。

慰安婦問題を政治決着させるとなれば、日韓双方で異論も出てくるだろう。だが、元慰安婦の存命中にこの問題に区切りをつけ、日韓関係を修復することが急務なのは間違いない。

前政権と違い、安倍、朴の両政権は、両国間のわだかまりを克服できるだけの安定した政治基盤を持っている。

この時を逃さずに交渉を引き継ぎ、最終解決を導く話し合いを早急に始めるべきだ。

朝日 2013.10.13
http://digital.asahi.com/articles/TKY201310120401.html?ref=comkiji_txt_end_s_kjid_TKY201310120401

2013年10月10日木曜日

朝日・アレックス・カー

 日中戦争、日韓併合、従軍慰安婦……。歴史認識をめぐる政治家の発言が、中国や韓国から批判され、日本国内からは相手国への反発の声が上がる。この「負の循環」は終わりが見えない。対立を超える道はないのか。日本の伝統的な美術や、アジアの文化に詳しいアレックス・カーさんに打開の知恵を尋ねた。

――歴史に関する政治家の発言が、外交問題に発展するケースが後を絶ちません。
「歴史を直(ちょく)に見ない、歴史を編集したがるのは、ある意味、アジア全体の問題です。中国は膨大な死者が出た文化大革命をめぐる矛盾が、複雑な問題として残っている。タイも戦前から戦後にかけてあったファシスト系の軍事政権の過去を、いまだ処理できていない。この問題は日本だけの問題ではありません」

――しかし、日本の政治家の歴史認識は政治問題化します。

「政府が『戦争を起こしたことは申し訳なかった』と言っても、すぐに政治家が『違う、日本は正しかった』と発言するから、中国や韓国から見れば、日本はまったく歴史を認めていない、ということになってしまう。実は反省している人々はたくさんいるのに。尖閣諸島をめぐって日本側から『歴史』を言い出すと、笑いものにされます。歴史を直に受け入れなければ、歴史を語る立場にはない。この点を踏まえないことが、日本の政治家の甘い部分だと思います」

――同じ敗戦国のドイツでは周辺国と同種の問題は起きていません。

「ドイツは戦争の過ちを法律上も、学校教育の場でも、様々な博物館でも示しています。ドイツを恨む国はありません。日本には原爆ドームなど戦争で被害を受けたことを示す記念館はありますが、海外での加害を示す記念館はありますか。さらに、日本では日清戦争に始まり、韓国併合、第2次大戦といった近代の歴史に関して教育の場で『空白』箇所が多く、歴史をぼかしたり、政治家が軽率な発言をしたりしたツケが回っているのです」

――日本人は加害を直視せよ、ということですか。

「私は、その機会はもう逸した、通り越してしまったと思っています。若者は教育を受けていない。政治は経済問題にばかり力を入れている。現実、日本の中ではその論争はすでに終わっていると思います」

――それでは、中国や韓国との和解も難しくなりませんか。

「歴史については難しいでしょう。ただ、今の時代は、お互いの経済関係が複雑になり、損益でつながっている。いろいろ論争があってもそういう問題を避けて通る『バイパス』で、上手に解決していくことができると思っています」
「政府レベルでは尖閣問題もあるけど、日本企業と中国企業の間では緊密な関係ができている。そのバイパスを太くしていけば、歴史をめぐる問題はゼロにはならないものの、ウエートは軽くなる」

――それでも、中国では尖閣問題をめぐる反日デモで

日系企業や商店に投石や放火が相次ぐなど、政治が経済に大きく影響します。
「そう、確かに中国は大変です。『慎重に』というしかない。でも、バイパスにも2通りある。中国と経済や文化面でもっと緊密な関係を持つのが一つ。もう一つは、中国ばかりに依存しないで、東南アジアやアフリカなどにも進出すること。中国一辺倒では危ういでしょう」

――知恵が必要なのですね。

「アジアには本音と建前という知恵が昔からある。お互いのメンツを守りながら解決を探ることはできるはずです。本音と建前を使い分けていくことで、突破口がきっと見つかると思う。中国もそう考えているでしょうね。歴史や領土の問題については表では譲らないことにしながら、裏ではお互いに譲り合っている。楽観的かもしれないが、そうなるのではないかと思っています。米国ではそんな妥協ができないから、今、(予算を巡って)政府と議会が大変なことになっている」

■     ■

――日本と近隣国との間には、靖国神社の問題があります。鎮魂の祈りの対象か、侵略戦争の象徴か、と見方も大きく分かれます。

「先日、米国のケリー国務長官とヘーゲル国防長官が千鳥ケ淵戦没者墓苑に行きました。少しずつ、(戦没者慰霊の場としての)重心が、千鳥ケ淵に移っていくと思います。靖国神社の問題は、正面からぶつかっても、無理があります。しかし、これにも『バイパス』は考えられます。外交の世界で始まり、日本国内でも公的に千鳥ケ淵へ少しずつシフトしていく。これが前向きな方向の一つだと思います」

――カーさんは京都・亀岡の天満宮で暮らし、神道とのつながりも深いですね。その立場から靖国神社をどう見ますか。

「私は靖国神社が嫌いではないし、参拝したこともあります。日本国民のほぼ全員が賛同した戦争で、全員に責任がある。A級戦犯がまつられていること自体も私は問題視していません。戦没者のための祈りの場は、神社の中にあっても、おかしくないと思います。欧米では教会の中にあるケースもありますね。しかし、靖国神社は、あの戦争を肯定するかのような遊就館という施設を造り、政治的な道を選びました。とても残念です。そういう選択をしなければ、もっと美しい靖国があった。神道の尊い面、深い面が今の時代に発揮されればよいのに、と思います。伊勢神宮も明治神宮も何も言わない。沈黙の中に神々しい空気が宿っています。これが本来の姿です」

――首相の参拝が、政治的な道を助長してしまったのでしょうか。

「そうですね。もし、(靖国神社が)沈黙を保ったのなら、総理大臣が行っても誰が行ってもいいし、個人の思いに委ねればいいと思いますよ。でも、現状では、天皇陛下も行っていませんね」

■     ■

――日本の天皇制については、どう考えていますか。

「私は日本は天皇制を残して良かったと思っています。進駐軍と狂信的な和平反対派との軍事衝突を避けることができたし、日本の歴史を考えても、戦争に負けたからといって、天皇制を廃止するわけにはいかなかったでしょう」
「ただ、天皇を江戸城から京都御所に戻す、つまり、政治の場から文化的活動の舞台に戻せば、もっと良かっただろうと思います。天皇が京都御所に住むことになれば、京都もプライドを持っただろうし、つまらない開発で街をお粗末にはしなかったことでしょう。平安時代以降の日本の歴史を振り返ると、9割以上の期間、天皇は政治に関わっていません。修学院離宮や桂離宮といった建築や、公家から庶民に広がった和歌など、文化面の影響力ははかり知れない。『ソフトパワー』の意味で、日本の皇室は重要なのです」

■     ■

――歴史を直視しない姿勢は、現実を直視しないことにもつながります。東京電力福島第一原発事故の対応の問題とも関連する問題に思えますが、いかがですか。

「原発をめぐっては電力会社や官僚、研究者、メディアを含めた、強固なシステムがありました。この『ムラ』の上に座ってあぐらをかいた。そんな安逸が、日本の悪の根源だと思います。原発事故の際も、日本は情報を出そうとしなかった。情報を開示すれば、反対派からも賛成派からも議論を招いて、政治の場でもホットな問題になったでしょう。そういう事態を避けたがる。今の米国はその真逆で、オバマ大統領は楽じゃない。でも大変さから生まれる健全なものもある」

――厳しさを避けたがる日本に希望はあるのでしょうか。

「国はどうにもならないから、ローカルなところで何ができるか、私は考えています。地域再生の関係で私が関わっている、ある小さな市では、市長が先進的な考えを持って取り組んでいます。国の支援や補助はあるかもしれないけど、国がどうしてくれるか、というのを待ってはいません。自分たちのやるべきことを進めていく。それで、インターネットを通じて人がわっと集まってくる。これも『バイパス』です。中央省庁や政治家がどう動くか、見なくていいし、待たなくてもいい。自分たちで態勢を組んで進むことで、意外と成功はできると思っています」



Alex Kerr 52年米国生まれ。64~66年に横浜市の米海軍基地で生活、73年から徳島・祖谷(いや)で古民家再生に取り組む。著書に「犬と鬼」など。

<取材を終えて>
相手との溝ばかり気にしていると、頭がカッカして、本来の知恵が出てこない。急がば回れ、損して得取れ。解決困難な問題は避けて、実質的な前進を目指す「バイパス論」を説くカーさんの話に、己の短慮を気づかされた。
日中国交正常化の折、当時の周恩来中国首相が「小異を残して大同につく」と呼びかけたのは、こうした知恵の表れだったのだろう。日韓両国の間で領有権について争いが続く「竹島」をめぐり、国交正常化交渉の際に韓国代表だった金鍾泌氏が「爆破してしまおう」といったのも、脳髄を振り絞った結果だろう。
我々の世代も、彼ら道を開いた先達たちに匹敵する知恵が、今こそ求められている。(駒野剛)

朝日 2013.10.10

2013年10月5日土曜日

FJ 朝日

ネットの偏った「慰安婦」憂慮 学者らが情報サイト開設

【桜井泉】旧日本軍の「慰安婦」問題を研究し、日本政府の責任を追及している学者らが「慰安婦」問題を知るためのウェブサイトを開設した。「慰安婦は存在しなかった」「強制はなかった」といった記述がネット上に広がる現状を憂慮し、「史実に基づき、正しく歴史を学ぶためにサイトをつくった」という。
サイト「ファイト・フォー・ジャスティス(FIGHT FOR JUSTICE)」(http://fightforjustice.info/)を立ち上げたのは、日本近現代史専攻の吉見義明・中央大学教授、林博史・関東学院大学教授、フリーライターの西野瑠美子さんら。
慰安婦問題に関するサイトとしては、1995年に日本政府の主導により発足し、2007年に活動を終えたアジア女性基金のサイト(http://www.awf.or.jp/)がある。基金は、国民の寄付による「償い金」と首相の「おわび」の手紙を元「慰安婦」におくるなどの事業を行ったが、吉見さんらは、犠牲者に対して日本政府による国家賠償をしなければならないと主張。女性基金の解決方法に反対し、そのサイトも内容が不十分だと訴えてきた。
今回、慰安婦サイトを開いた理由は、本を読まず、ネットに頼る若い人たちへの危機感だ。開設者の一人で、記者会見した東京外国語大学の金富子(キムプジャ)教授は「ネットで慰安婦を検索すると、捏造(ねつぞう)だとして慰安婦の存在を否定し、強制したものではない、などと歪曲(わいきょく)しているサイトばかりに行き着く。これでは、若者たちに正しい歴史は伝わらない。遅ればせながら明確な根拠、出典に基づき、この問題を正しく知るためのサイトを開設した」という。
サイトは、入門編、Q&A、解決編、証言などに分かれ、なぜ日本軍は慰安婦制度をつくったのか、女性たちはどのようにして集められたか、戦後どう生きたか、などをわかりやすく解説している。資料編には、慰安所の設置に関する軍の文書などを収録した。
英語や韓国語への翻訳はまだ一部で、今後は翻訳を増やし、海外への発信を強化する計画だ。

朝日 2013.8.14
http://www.asahi.com/national/update/0814/TKY201308140246.html?ref=reca